2008年1月13日 (日)

ハンク・ジョーンズ ピアノ・ソロ・コンサート

金曜の夜、すみだトリニティホールで、ジャズピアノのコンサート。いつもiPodで聴いているハンク・ジョーンズのコンサートがあるのをたまたま見つけ、30分遅刻したが仕事を早めに切り上げかけつけた。とても89歳とは思えない元気さ。ただ音がたっていず、ちょっともの足らなさももあったが、円熟さがよかった。

もうひとつ感じたのは、このコンサートホールの良さ。会社からバスで約30分で行けることも良さのひとつだが、ホールの音響は抜群。3階席も行ってみたが、音は非常にクリアに聞える。またぜひこんどはクラッシックのコンサートでも来てみたい。

2008年1月 5日 (土)

ムンク展・百花繚乱展

今年からこのプログにコンサートや美術展などの感想も書き加えていこうと思う。

1月4日は仕事初日で半ドンだったので、3時ごろ仕事を切り上げ、上野へ。

まずは上野の森美術館で芸能人などによる展覧会。半分は片岡鶴太郎とそのNHKでの水墨画番組出演者の作品。そのほか藤原紀香のアフガニスタンと東ティモールでの写真もあった。良かったのは、北野武の絵、色使いがすばらしい。安倍麻美に水彩画もかわいかった。

その後、ムンク展を西洋美術館で。有名な「叫び」(今回は出品はなし)などしかイメージがなかったが、ほかにもいい絵が多かった。初恋?の女性を描いた「声/夏の夜」の女性像が感情がこもっている。

2006年6月11日 (日)

奈良

3月26日  高野山で、朝のお勤めの後、もう一度、奥の院参道に途中から入り御廟にお参り。関空へは奈良を回っていく。途中、そうめんの店を国道沿いに頻繁に見かけるようになった。そんなにおしゃれじゃないけど、この店がおいしそうだ、と偶然入った中西商店(桜井市)は大当たり。帰宅してから食べたが、おいしい。おすすめなのに、インターネットでは見つからない。

橿原(かしはら)神宮に行く。畝傍山(うねびやま)とともに名前は有名で一度行ってみたいと思っていた。でも、明治22年に作られた官製の寺院だということで、新しさにびっくり。でも境内はとてもとても広く、気持ちはいい。内宮も参拝。神社についてはhttp://www3.kcn.ne.jp/~mamama/nara/temple/kasihara-shrine01.htmに詳しい。

高松塚古墳は生命維持装置を付けられた病人が必死に悶え苦しんでいるような様相。 0603263_隣の壁画館も見学。

奈良市内は夕方の渋滞で抜けるのに時間がかかった。大慌てで空港に行くが着いたのは出発20分前。急いでレンタカーを返し、走って出発ロビーへ。どうにか乗せてもらうことができた。

5日間の割には盛りだくさんの旅行。また和歌山に戻ってくることを決めた。中辺路はまだ半分も歩いていないし、古座や十津川などにも行ってみたい。時間をいかにとるかが問題。    以上、旅日記終わり

高野山 福智院

3月25日-26日  06032511_宿泊は福智院。高野山最大の宿坊。夜は般若心経の写経をした。下地があるのにふだん筆など持ったこともないので、とても難しい。翌朝は朝食前に朝のお勤めに参加。さすがにまだ3月だけあってストーブのそばが居心地が良かった。

右の写真は宿のそばにあった交番。なかなか雰囲気が出ており、06032512__1東京の町なかの交番ももう少し外観が町並みにマッチしたものだといいのにと思う。 

2006年6月10日 (土)

高野山 奥の院

3月25日の2 寒かったが、宿にいったん戻り、今度は弘法大師の御廟の奥の院へ。途中刈萱堂(かるかやどう;漢字変換が一回でなされてびっくり)で、出家した父を追って高野山にやって来て父とは知らずに厳しい修行をして立派なお坊さんになったというお話の板絵を見る。

06032516_奥の院へは約2キロの参道。両側には諸大名、庶民の墓碑が宗派に関係なく立てられており、 神道の墓も平気であるのが面白い。織田信長、徳川家康をはじめ浅野内匠頭など有名人の墓がずらっと並んでいる。各大名が競って立派な墓を建立しており、当時の大名たちも見栄をはらねばならず大変だったのであろう。この参道では多くの有名人が奥に葬られている弘法大師の前に墓を作り、 0603262_弘法大師の偉大さをしらしめるとともに、参拝客に対するサービス精神(あの人の墓も見たし拝んできた!と帰ったら言えるものね)でもあったのではないかと思わされた。06032513_右の写真は水掛地蔵。

行きと帰りと、ついでに翌日にも寄った和菓子の「かさ國」は本当においしい。

高野山 金剛峰寺(青巌寺)

3月25日の1  龍神温泉の宿でもらったコーヒー券で川沿いの喫茶店でコーヒーを飲み、途中有田川沿いのレストランでの食事をはさみ、高野山へ。 0603255_2_2

宿に車を停め、金剛峰寺、金堂、根本大塔、三鈷の松、霊宝館などを散策。標高は900mとのことで、けっこう冷える。右の写真は金剛峰寺。意外と質素?と思ったが、中0603254_1_1はさすがに天台宗の総本山だけあって立派。0603256_3

2006年4月29日 (土)

龍神温泉 上御殿

0603251_ 3月24-25日 この日の宿は龍神温泉にした。理由は簡単。名前に惹かれて。 龍神村の龍神温泉なんていかにも由来がありそうで、いかにも殺人事件がおこったりしそうな名前でしょ?

宿からすすめられたのは、また中辺路を戻ってそこから北に龍神村に上がってくること。でも僕はすでにその道は一往復しており、また同じ道を引き返すなんてと思い、こっちのほうが近道だと選らんだのは国道168号と425号を抜けるルート。かなりひなびた山里をいくつも抜け、真っ暗になった道路を進む。途中に工事中通行止めの看板が2つあり冷や冷やしながら進んだがどうにか辿りつけた。0603252_

宿の風呂で出合った人からは、いとこがこの山の中で路肩を踏み外して転落して死んだ と言っていた。さもありなんという道路だったけど、おいしい料理と風呂で満足。写真は龍神温泉の温泉街と日高川。

中辺路 近露 ~ 熊野本宮

06032419_ 3月24日の6 近露へ戻ってきたのは15:00。滝尻王子を出発してから7時間強。ガイドブックに書いていたのは5時間半だからいかにのんびり寄り道してきたかがわかる。でものんびり楽しかった。左の写真は古道から見た近露の里。

近露でかなりのんびりしてから、車をとばして本宮へ(16:40)。人もおらず06032424_ 空いていて良かったが、もう店じまいしているところ。

2006年4月25日 (火)

中辺路 大坂本王子~牛馬童子像

3月24日の5  06032415__2 06032416_

下り坂を気持ち良く歩いて、大坂本王子(13:40)へ。ここからいったん道路に出て「道の駅熊野古道中辺路」でゆっくり休憩。うどんと草もち。良く運動するとおなかも減る。写真右は大坂本王子。石が積まれているのみ。

06032417_1_2おなかに補給をした後、中辺路一番の見所と言われている牛馬童子像へ。 19歳で都を追われ出家した花山(かざん)天皇の姿とのこと。小さくてかわいい石像。 (14:40)

2006年4月24日 (月)

中辺路 大門王子・小判地蔵

06032414__1  3月24日の4 快適な道を歩き、大門王子、十丈王子と過ぎ、高原池で初めて他の人とす06032413_れ違った。逆方向から来た夫婦連れ。写真は大門王子と十丈峠の小判地蔵。小判をくわえたまま倒れていた人を弔ったものとのこと。

«中辺路 高原熊野神社まで

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和歌山・熊野 Book

  • 中上健次: 十九歳の地図
    作品集としているが、「一番はじめの出来事」から4つめの「補陀落」まで補いもたれあっている。家族の精神的な軌跡、部落や朝鮮人の話。 今度この人の本を読むのは「枯木灘」になるはずだが、何故か読むのがこわい。
  • 中上健次: 千年の愉楽
    またまた紀州の本。昔の城下町であった新宮の山向こうの「路地」に住み、町民にはけなされながらもたくましく生きている人たちの話。昔からどこの町にもこうした人たちがいたのだろう。日本の人別帳でもインドのカースト制度でも制度化されていた。ロンドンにもパリにも泥棒、強盗、殺人も生きる糧であり罪ではなかった「路地」があった。 南米などへの移住の話もたびたび出てくるが、移民を多く排出していたこのころの方が日本は国際的であったのかも知れない。 とにかく、今年読んだ本のうち、またまたトップにランク付けされる本。
  • 司馬遼太郎: 阿波紀行、紀ノ川流域 ワイド版街道をゆく
    また、和歌山関連の本。この間の旅行でも行った根来を中心に紀ノ川流域については書かれている。根来寺は僕が行ったときは池の造成中であったが、どうなったであろうか。人も少なく、非常に感じの良い寺であった。 また、一緒に阿波の国について書いてある。あったことはないが祖父の出身が阿波であることから、一度行ってみたいと思っていた地域で非常に興味深く読んだ。
  • 司馬遼太郎: 十津川街道
    和歌山からちょっと離れ、先日の旅行では行きそびれたが、関心があった十津川(とつかわ)について司馬遼太郎の本を読んだ。古来から深い山奥で免租地となっていたが、幾つかの変では出陣し、また京都御所の護衛をするなど面白い地域である。そういえばローマ法王の護衛もスイス兵がしている。山奥にいると都会に出たいという意識が強まり、また都会では純朴で責任感の強い山奥の民が好まれるのではないだろうか。
  • 有吉佐和子: 紀ノ川
    旅行に持っていったけど、忙しくて読めず、帰ってからの読書となった。この人の本は中学生の頃から「複合汚染」など社会派の人だという認識が強く、重たそうだから読んだことがなかった。和歌山出身の作者で郷里への愛が深く感じられる。他の本も含め読んでみたいと感じさせられてた。 紀ノ川の旧家に生まれた祖母の愛を一身に浴びて育った女性が、下流の他家へと嫁ぎ、そしてその家を盛りたてていく。戦後の農地解放ですべてを失うが、美しく一生を終えていく物語。 と書くと面白くなさそうだが、生き様、風俗が良く描かれていて楽しめた。
  • 熊野詣: 五来重
    関連する本を良く読んで(買って)いる。この本はその中でも最高の一冊。旅行前、旅行中、帰ってから、と読んでいる。かつて盛んだった熊野詣をその回りの文化、社会を含め活き活きと描き出している。
  • 沖浦和光: 日本民衆文化の原郷 被差別部落の民族と芸能
    中上健次は小説の形で書いているが、こちらは被差別部落を学者の目から見た本。第1章が「熊野街道筋に残る民俗芸能」と題されていただめ読んでみた。 東京にいると被差別部落について感じたことは無かったが、関西は歴史が古い分、いろいろ積み重なっているのであろう。あるいは僕が無知すぎたのか。